伊是名村について

伊是名は、沖縄県北部の運天港(うんてんこう)からフェリーで約1時間。青い空・青い海に囲まれた、魅力いっぱいの島。
白い砂浜とコバルトブルーの海に囲まれ、豊かな自然が残っています。
陸地には琉球松の群落が広がり、赤瓦のまちなみとサンゴで積まれた石垣、フクギ並木が美しいコントラストを成す集落があります。
また、琉球王朝第二尚氏の始祖である尚円王にゆかりが深い地であり、島の各地に残る文化遺産からは、悠久の歴史ロマンが感じられます。

伊是名村では、「歴史と自然、人が共生する伊是名島」をめざして、新しい島づくりを進めております。
遠く離れた地よりふるさと伊是名島を応援してくださる郷友の皆様、伊是名島が好きで応援をしたいなど、厚い思いを寄せてくださる多くの皆様のご支援に感謝を申し上げ、今後も「伊是名村」に対し、温かいご支援とご協力を賜りますようお願い申し上げます。

大いなる歴史と文化が交差する島

その昔、琉球は南山・中山・北山に分かれ、各地の豪族たちによる群雄割拠が続いていました。時を同じくして、伊是名島の青々とした農村で一人の男の子が産声を上げました。後の琉球王朝第二尚氏始祖尚円王でした。

青年期の尚円王の名は松金と称されていました。松金は24歳の頃、国頭の宜名真に渡ることとなり、その後何年かの時を経て首里に上ることとなりました。首 里に上る頃の松金は金丸と称され、越来按司という役人の屋敷で奉公することになり、生来、頭が良く人格も優れていたため、越来按司は金丸をいたく重用した そうです。そして、尚思達王の代に下級役人となり、次の尚金福王の時には黄冠(高級官吏)の地位まで出世し、その後、金丸は様々な課程を得て、55歳にし て琉球国王に即位しました。

それからというもの、琉球王朝第二尚氏は、1470年から明治の廃藩置県(1879年)に至る409年の長きにわたって琉球王朝を築きました。

このような長期安定政権は、徳川幕府をしのぐ歴史上たぐいまれな政権であったと同時に、独自の琉球文化が育まれ、今日に伝えられています。



村長からごあいさつ

伊是名村の「ふるさと納税」公式サイトへアクセスしていただき、誠にありがとうございます。

伊是名村は、沖縄本島の北方に位置し、運天港から船で55分、周囲16.7kmのほぼ円形の離島です。

琉球王朝第二尚氏の始祖である尚円王の生誕地として、かつての首里王府とのゆかりが深い島としても有名で、多くの歴史・文化遺産も残されています。

また、自然豊かな海や土壌に育まれた農水産物も多種多様で、品質の高いもずく養殖やその加工物、海ぶどうの養殖及び魚貝類、稲作、玉ねぎ、かぼちゃ、冬瓜、畜産物では伊是名産アヒルの産地として知られております。

現在、「歴史と自然、人が共生する伊是名島」をめざして、島民一人ひとりが心豊かに生きがいを持って生活できる島づくりに取り組むことで、未来に多くの夢をつなぐ島を思い描きながら、新しい島づくりを創造していきます。

遠く離れた地よりふるさと伊是名島を応援してくださる郷友の皆様、伊是名島が好きで応援をしたいなど、厚い思いを寄せてくださる多くの皆様のご支援に感謝を申し上げ、今後も「伊是名村」に対し、温かいご支援とご協力を賜りますようお願い申し上げます。

伊是名村長 前田 政義